今、マンションの内装改修をやっている。ところが予想以上に元々の建物の精度が悪い。平らでなかったり真っすぐでなかったり、どうやって辻褄を合わせていくのか。大工共々毎日頭を悩ませている中で、「にげ」の重要さ加減が身に染みている。
「にげ」というと、一般的には「にげを打つ」等ネガティブな意味で使われることが圧倒的に多い。しかし、ものづくりの現場こと建築においては、この「にげ」をポジティブに操れるかどうかが仕事の質を大きく左右する。「余裕」とか「あそび」とは少し意味合いが違うこの「にげ」という感覚。熟練の技とはこの「にげ」を上手に使いこなせるかにかかっていると言っても過言ではない。どこにどれだけのにげをとるのか。あえてルーズにしておく部分があってこそ見せ場がピタッと納まるのだ。野丁場でたちあがってくる骨組みと、ミリ単位で納める仕上げとの精度のギャップをつなぐ。また、熱による膨張収縮や、木材の含水率変化による「あばれ」の吸収。地震時の躯体の変形を外壁や窓ガラスに直接伝えない納まりなど、これらの「にげ」は建築を大型化・高層化していくためにも必須の概念なのである。

ところが、CADをはじめとして日常的にデジタルな道具を使っていると無意識ににげの感覚が鈍っていくように思う。すべての情報が等しく重要そうに扱われるので、常に情報の優先順位を意識していないと、つまらないところに拘ってしまい、見落としてはいけない重要な部分が抜け落ちてしまう。いきなり自分の欲しい情報だけを注視せず、マクロ的に眺めてから部分に降りていく。いまどきの誹謗中傷や重箱の隅をつつくようなクレームも、にげの感覚の退化がひとつの原因のような気がする。
全ての物事が人の営みである以上、設計図通りに納まるはずがないのだから。
