加茂紙で襖を張ってみた

襖紙といえば手漉の本鳥の子が横綱。
機械漉にはない隙のない上品な表情や独特のツヤが最高級の証である。
そう簡単に使える機会は巡ってこないが、見本帳などを見ていてもやはりその風格のちがいが感じられる。

今回使った紙は手漉の加茂紙。

ただし「加茂紙漉場」が漉いた、いわゆる試作品である。

加茂紙はかつて七谷和紙の名で地区の産品として生産されており、最盛期にはこの辺りだけで400軒ほどの紙漉家があったと聞く。
その途絶えてしまった紙漉文化の復興を担って立ち上げられた加茂紙漉場。

襖紙としては荒い繊維が残っていたり厚みが均一でなかったりもするが、それがかえって和紙っぽくってイイ感じ。
そういうカジュアルな和を好む人も多くいるので、もう一段品質が安定してくればそれなりの価格で販売できるようになると思う。

なんといっても手漉なのだから。

床材のこと

人の皮膚が直接触れる部分の素材は自然由来のものが気持ち良い。
肌着はコットン素材が圧倒的に多いし、シルクなども悪くない。
肌触りの心地よさと調湿性は感覚的にも機能的にも理にかなっているのだろう。

建築で直接肌に触れるものといえば、便座や浴槽。
木の便座や檜の浴槽など肌触りの良いものも無くはないが、機能性には替えがたくプラスチックのものが当たり前になっている。
お尻がちょっとべたついたとしても我慢の範囲内とあきらめている。

問題は床材である。

個人的には、自宅では「スリッパ履かない派」なので、足裏の感触はとても気になる。
特に暖かい時期は素足ほど気持ちの良いものはない。

素地の木の床やたたみの上を素足で歩ける幸せ。
カーペットの優しさも捨てがたい。
他にもココヤシや籐・竹等を使った床材は五感に訴えてくるものがある。

ところが昨今の住宅では、メンテナンスフリーやクレームレス、偏った健康志向などから、自ら材料の選択肢の巾を狭くしてしまっている。
残念なことに素足が心地よいとは感じさせてくれない床材が多く使われるようになってしまった。
極薄表面材の摩耗を防ぐ強力樹脂コーティングがかかったフローリング。
木目を立体的にプリントしたビニル床シート。
見た目だけは「木」なのだが最も肝心な木の床の美点、調湿性や足触りの良さを忘れてしまっている。
もっとも「スリッパ履く派」にとっては見た目だけで十分満足なのも分からなくはない。
だって「木の床」ではなく「フローリング」を望んでしまっているわけだから、、、。

決まりきったデフォルトの設定をリセットしてみない限り本当の我が家のイメージは浮かび上がってこないような気がする。

サンドカーペット:南の島のレストランはおしゃれをしても素足。

バタフライスツール

税金滞納で差し押さえられた動産の公売会でバタフライスツールを落札した。
金8000円也。

家具屋で長期展示されていたものという説明だったので正規の品物だろうと早合点して参加。
しかし、現物を見た時、これって正規のオリジナル品???という感じはしたものの、その時の勢いで入札してしまった。
後悔しているわけではないが、多分コピー品だろう。

仕事上、家具の選定や手配をすることも多いのだが、ネット通販の普及につれいわゆるコピー品が大量に安価で出回っているのも事実だ。
よく見ないと区別できない椅子1脚、10万円か2万円か、個人の価値観と言ってしまえば身も蓋もない。

コピー商品の是非についてはのちの機会に譲るとして、

ただ、大量生産大量消費の時代が行き詰まり、ものを持たない文化が浸透した今、次の時代のものづくり社会を一体どうやって構築していけば良いのだろうと考えてしまう。
グローバル化の中で捨て去ってきた日本独自の文化や技術、日本人独特の感性やまじめさ、そんなところを思い出すことから再出発するのもひとつの方法かもしれない。
かつての「made in Japan」のような日本でしか生み出せない価値。

ひらひらと蝶々の如くそんなところに思いが飛んでいってしまう。

太陽の塔と万博

万博終了後荒れ果てていた太陽の塔の内部が修復され一般公開されていると聞き、見学に行きたいとずっと思っていた。
しかしこのご時世、なかなかチャンスがない。
そんな折、ちょうど岡本太郎展が新潟で開催されたので、覗きに行ってみた。

太陽の塔自体は縮小模型の展示なので実物の迫力は伝わらないが、そこへ至る岡本芸術のルーツに触れる展示が興味深い。
「太陽の塔。あれはいったい何だったのか?」との疑問にヒントをくれる。

後にグラスの底に顔をつけて「芸術は爆発だ」と叫ぶ以前の「芸術は呪術だ」と唱えていた時代。
東北のイタコや沖縄のユタ、縄文土器や土偶などに強く影響を受け、太陽の塔を含むテーマ館をつくりあげた。
神秘的で原始的な古代人の文化や、生命の起源から人に至る進化の過程の展示には、ヒトの尊厳や自然への畏敬が表現され、さらに戦争や科学技術暴走への危惧や警告のメッセージも読み取れる。
そして太陽の塔は、それら人類の過去・現在・未来を見通し、人種や宗教の違いを超越した全ての命を庇護する存在。
「胎内に生命の樹を宿す万物の母」というふうに思えてきた。

1970年、万博当時小学生だった私は、雑誌やテレビで紹介される会場の建築物に驚喜していた。
太陽の塔をはじめとした見たことのない未来都市のようなパビリオン達。これが〇〇館で隣が△△館などと誌上見学会で大いに楽しんだ。
そこには夢があったのだ。

翻って、2025年の万博は夢を見させてくれるだろうか?
TDLやUSJがある今、万博は何を語れるのだろう。
また50年後も評価され続けるような確かな痕跡を残せるのだろうか。

会場デザインプロデューサーを建築家の藤本壮介氏が担当しているということで少なからず期待はしたいのだが、、、

スカイライト

十日町にある「光の館」。
大地の芸術祭の作品のひとつである。

https://hikarinoyakata.com/space/

来訪者はたたみに寝っ転がり、屋根に開けた正方形の穴から切り取られた空を眺めるしつらえになっている。額縁効果で純粋化された空を眺めていると時間が止まって心がやすらいでくる感じ。実際に体験された方も多いのでは。

建築的には、トップライトのひとつなので特に難しい事はないが、空の効果を最大限引き出すために、空間寸法やフレームを消すディテールなど繊細な感覚が駆使されている。

ところで、この穴、自分の家にも欲しくありませんか?
窓からの風景とは違って、建て込んだ市街地でも空は誰にも邪魔されません。
リモートワークの息抜きにはもってこいかも。

中庭の空
車の空

精度とにげ

今、マンションの内装改修をやっている。ところが予想以上に元々の建物の精度が悪い。平らでなかったり真っすぐでなかったり、どうやって辻褄を合わせていくのか。大工共々毎日頭を悩ませている中で、「にげ」の重要さ加減が身に染みている。

「にげ」というと、一般的には「にげを打つ」等ネガティブな意味で使われることが圧倒的に多い。しかし、ものづくりの現場こと建築においては、この「にげ」をポジティブに操れるかどうかが仕事の質を大きく左右する。「余裕」とか「あそび」とは少し意味合いが違うこの「にげ」という感覚。熟練の技とはこの「にげ」を上手に使いこなせるかにかかっていると言っても過言ではない。どこにどれだけのにげをとるのか。あえてルーズにしておく部分があってこそ見せ場がピタッと納まるのだ。野丁場でたちあがってくる骨組みと、ミリ単位で納める仕上げとの精度のギャップをつなぐ。また、熱による膨張収縮や、木材の含水率変化による「あばれ」の吸収。地震時の躯体の変形を外壁や窓ガラスに直接伝えない納まりなど、これらの「にげ」は建築を大型化・高層化していくためにも必須の概念なのである。

「にげ」を駆使しないとできません!

ところが、CADをはじめとして日常的にデジタルな道具を使っていると無意識ににげの感覚が鈍っていくように思う。すべての情報が等しく重要そうに扱われるので、常に情報の優先順位を意識していないと、つまらないところに拘ってしまい、見落としてはいけない重要な部分が抜け落ちてしまう。いきなり自分の欲しい情報だけを注視せず、マクロ的に眺めてから部分に降りていく。いまどきの誹謗中傷や重箱の隅をつつくようなクレームも、にげの感覚の退化がひとつの原因のような気がする。

全ての物事が人の営みである以上、設計図通りに納まるはずがないのだから。

どうにか納まっているように見える。マンションのリノベーションでした。

学び舎

公立学校の校舎や体育館などの耐震化率が100%に近づいているらしい。

学校建築だけのこととはいえ、1995年の阪神淡路大震災以降の話なので、結構なスピード感である。それを可能にしたのは、大地震という「外圧」。人命(特に子供たちの)を守るとの安全安心主義。箱物の新築が抑制され行き詰まりつつあった地方の建設業界への配慮。発注業務のパターン化による補助金予算の消化効率の高さ。うちの学校も早くお願いしますと背中を押す市民。完璧なシナリオである。
昨今話題のCOPやSDGsを後ろだてとする省エネ建築推進政策も然りである。柳の下に2匹目のどじょうはいるのか?

実際この期間、地方の建築関連公共工事は「耐震の仕事しかない」と言われるほど耐震関連一色になってしまった。
その功罪のうちの罪の方、老朽化によりそろそろ建て替えなければならなかっった校舎の寿命がいたずらに延びてしまった。内部のリフォームが耐震補強のおまけでついてくるので、利用者側(学校や父兄)もそれなりに喜んではいる。良いものを大切に永く使う精神は重要なのだが、昭和40年代に量産されたステレオタイプのコンクリートの箱ははたして大切にすべき「良いもの」なのか?

丈夫になったことはなったけれど、、、

学校建築は高度成長期の人口増加に従い、それまでの木造校舎を無味乾燥なコンクリートの3階建にしてしまうという罪も犯していた。さらに、限られた校地の中で増築に増築を重ね、結果無計画なコンクリートの箱の寄せ集めに。人間教育の場としての「学び舎」の魅力は放棄してしまった。
それらは、竣工から50年以上が経過し、老朽化を因として順次建替えていくべきタイミングに入っていた。折しも、まちなかの学校は子供人口の減少で空き教室だらけになり、かつては1学年6クラスだったのが現在は2クラスとかに減ってしまったと聞く。そのような実情にあわせて、教室数の縮小や地域活動の拠点となる新しい機能を加えるなど、校舎全体や運動場の配置まで踏み込んだ総合的な見直しができる絶好の機会だったのに。速やかすぎる耐震化推進策は、そんな時間的余裕を与えてくれず、みすみすそのチャンスを逃してしまったケースも多いのではないか。最新の設計手法も取り入れながら、子供たちがワクワクするような記憶に残る学び舎へと更新されていくはずだったのに。

特に財政的に厳しい地方自治体では単純な建替え議論は棚あげされ、行政スリム化の一貫として学区統合による効率的な運営を目指す議論が先行する最悪?の展開へ。我々が学んだ都市計画の基本では、小学校は徒歩で通える範囲になくてはいけない。そして、その地域コミュニティーの拠点となるべき重要な公共施設であるとの原則。そんなノスタルジックな考え方はすでに過去の遺物なのだろうか。たとえかつての「分校」的な規模になったとしても、ここは変えるべきではないと強く思うのだが、、、。

「サイレージ」の風景

越後平野の田園風景のど真ん中、白い円筒形の巨大マシュマロを発見。
これ、サイレージという牛の飼料です。刈り取った草をベーラーという機械でベール(巨大マシュマロの形)に成形し、それをラップでグルグル巻きにして発酵・熟成させるそうな。
北海道や海外の広大な牧草地ではよく見かける風景なのでしょうが、見渡す限り田んぼonlyなこの場所では、ちょっと目を引く景観です。

今までも403号バイパスは季節毎の楽しみがある道でした。
白鳥が落ち穂をついばむ姿や雪化粧していく山なみ、新津のフラワーロードや満開の梨の花。今年開通したこの区間(矢代田~田上)でも、「サイレージの風景」が新たな季節の景観としてドライバーの気持ちを和ませてくれるのでしょう。

ラップ巻器を引っ張るトラクター

眺めのいい部屋

映画「眺めのいい部屋」では、主人公の従姉(イギリス人である)が旅先のフィレンツェでアルノ川添いの部屋が用意されていないことに不満を抱く。上流階級に属する自分たちには当然そういう眺めのいい部屋が用意されるべきという論理がまかり通った時代のことである。

一方、現在では特に日本人旅行者に客室の窓からの眺めに殊更こだわりをもつ人が多いらしい。添乗員や現地の係員にとって、特に新婚旅行のカップルさんには細心の配慮が必要なのだそうな。お忍びで来ているVIP様ならいざしらず、昼間は観光やレジャーでほぼ部屋にいないので、そこまでこだわる合理的な理由はないように思う。しかし客室に案内された時、窓のカーテンを開けたほんの一瞬の感動であったとしても、それが旅の記憶としてはとても重要だという気持ちはわからないでもない。

オンザビーチのコテージからの眺め:樹木や砂浜付きなのは新婚さん御用達の水上コテージよりも上

そんな旅の宿の空間に非日常性の憧れを抱く気持ちは、とりもなおさず日常空間の貧しさの反動なのだろう。大きな窓があって明るいけれどレースのカーテンを開けられない閉ざされた「眺めのない部屋」に慣らされた現代の日本人。かといって圧倒的な眺望を売りにするタワーマンションが本当に「眺めのいい部屋」と呼べるのかも疑問である。木々の緑は感じられないし、下界を見下ろす感覚が先の従姉の階級意識と重なってかなり微妙な心持ちがする。

一昔前の日本家屋において一番眺めのいい部屋はいわゆる座敷であった。庭と融け合ったひと繋がりの空間であり、そもそも全ての建具を引き込めば窓そのものが無くなるように造られていた。そこまでの理想を現代の都市環境で40坪の住宅に求めるのは難しいけれど、設計のなかで窓の位置と大きさを周囲の状況をにらんで工夫する意味は大きい。庭はなくてもいい。窓越しに1本のシンボルツリーの四季を楽しめればいい。何らかのタクラミを持って窓を開ければ、日常の場を正しく「眺めのいい部屋」にできるはずなのである。

みちの景色

地方の活性化と銘うって全国津々浦々、中心市街地の再整備が行われてきている。
その手法のひとつ「かつての街並みを保存再生して観光資源とする」といったスローガンによるものも数多い。

それらは京都や高山など伝統的な木造建築が建ち並ぶ街並みをお手本とするわけだが、いろいろな面で理想と現実のギャップは小さくない。
ひとつの例として「塩沢の牧之通り」。
保存というより道路拡幅を契機に再生された街並みである。
民地を供出した雁木の再生・建築意匠の統一・無電柱化など、多数の利害関係者全員がまちづくりの意義を理解して協力していることが高く評価される所以である。

牧之通りの広すぎる街路。雁木があるのに立派な歩道がその外では!

一方で、如何せん街路の幅が広すぎる。2階建木造建築の高さと街路幅のバランスがよろしくない。
人フレンドリーな景観形成の基本を逸脱した車中心のアメリカ的なスケール感。
絶対的な目標である「賑わいを生む」うえで相当に損をしているとも思う。
街路の向こう側との一体感が薄く、賑わい指数は半分になってしまう。
道の向こうにどんな店があるのかわからないし、簡単には横断できない街路。
現場に行った感想としてはとても悩ましい。

同様の事例は全国にたくさんあるのだが、もともとあった都市計画道路の拡幅計画に相乗りし、資金的な面で国や県の支援を得られたからこそ実現できたのだろうから、そこは割り引いて考えるべきなのだろうか、、、。
理想を言えばキリがないけれど、まちの歴史を発掘するような魅力的な地方活性化を実現するには、地元の人達の意気込みに加えて、関連法令の特例的な解釈や柔軟な予算付けなど行政側の前例に捉われない協力も不可欠なのだと再認識させられる。