ティータイム

京都の「とらや」でお茶してきました。
「ようかん」と「くうかん」の相乗効果でリフレッシュできます。
普段のお茶の時間も、こんなふうに丁寧にすごせたらと思う。
お気に入りの場所でお茶菓子と共に。

話はさかのぼって、新潟へUターンしてきた時期にうれしかったことのひとつ。
こちらではお茶やコーヒーといっしょに何らかお茶菓子を出してくれる人がとても多い。
ちょっとした用件で伺った時でも、2杯3杯と長居をしてしまう。
あたりまえの習慣として自然とうけつがれている事に感動。
住宅の現場でもしかり。
大工たちは「いっぷく」の時用に、ちゃんとお茶菓子も用意している。
大切にしたい「文化」のひとつです。

お湯と急須が別々に出てくるので、3杯くらい楽しめます。
コーヒーのおともにこれ意外と合います「たなべのかりんと」

井ケール

親戚の蔵からこんなものがでてきました。
無垢の真鍮のかたまりを削りだしてできている。
なんとなく「お宝」のにおいが!
妄想をふくらますと、SF映画にでてくる宇宙船起爆装置の解除スイッチのようにも見える。
木箱に「中村浅吉測量器械店」とあるので、早速ネット検索に。

ありました!
国会図書館の近代デジタルライブラリー。
大正11年発行「中村浅吉測量器械店型録」にのってました。
「Equerre or Cross-staff Head   井ケール」
For 45°&90° angles, in wooden box, with tripod……¥ 6,00

「お宝」とはいかなかったようですが、当時、ご先祖さんたちが土木工事の測量用具としてつかっていたものらしい。

ところで、これ。どうやって使うのでしょう?
ご存知の方、ご教授願います。

絶妙なバランス

温泉場にこんな設備がありました。
取り扱い説明によれば、70度から80度で20分。
温泉たまごが茹で上がるとのこと。
温度計の針は76度なので、微妙に調節したつもりで18分できりあげたのですが、結果は茹で過ぎ。
温度と時間が絶妙にバランスされた時にだけ、あの独特の「温泉たまご」状態を生み出せるのですね。

この微妙なさじかげんの感覚。
建物づくりにも共通するものがあるような。
やりすぎるとイヤミになるけど、その手前でやめておく。
ラジカルさと遊び心の絶妙なバランス。
独特の気持ち良さを感じられる「温泉たまご」のような空間。

ちなみに生たまごは温泉街のお店で買えます。
場所はこちら村上の瀬波温泉でした。

この建物な〜んだ?

答:深川不動堂。
お寺です。
それも本堂。
右の伝統建築ではなく左の四角いやつですよ。
かっての場末の映画館か演芸場とイメージがだぶる。
実際この中でおこなう護摩の儀式は、まさにパフォーミングアート的なのだけれど。
建築として○か×か判定はいかに。

空中エキナカ広場

もう一つ関西ねたです。
JR大阪駅のホームの上に出現した空中エキナカ広場。
線路をはさんで両サイドに分断されていた百貨店を地上6階レベルの広場でつないじゃう。
これって結構大胆です。
屋根のデザインはネタバレぎみですが、線路方向にスカーッと視線が開けるので新鮮な空間が体験できました。

電柱

六甲山裾の住宅街散歩であらためて実感しました。
電柱と電線がなんと邪魔な事か!
美しい街並になればなれほど、逆にめだっちゃうんですね、困った事に。

これは、「目神山12番坂」。
建築家の「石井修通り」といえるような氏の住宅が集中する場所なのですが、ほんとになんとかならんのでしょうか。

一方こちらは、阪急芦屋川駅周辺の何のヘンテツもないように見えるまちなみ。
でもここ、とても良いです。
川と山と緑があり、道路・歩道の巾と沿道の建物の高さの関係が絶妙で、おまけに電柱なし。

F.L.ライトとポルシェ

私用で大阪へ出かけた折、六甲山裾の住宅街を散歩してきました。
目的のひとつは、F.L.ライトの「ヨドコウ迎賓館」。
実にライトらしいすばらしい建築です。
詳しくは http://www.yodoko.co.jp/geihinkan/

最近こういう見学をすると近現代建築の保存の事に頭がいってしまいます。
この建物は幸い??国の重要文化財の指定をうけているので、大規模な保存改修が実施されています。
しかしそういった物はごく少数で、さきの東京(大阪も)郵便局や虚白庵(白井晟一邸)など、保存する価値のあるものでも、経済的な環境がそれを極めて困難にしているという現実は、なんと悲しいことか。

帰りみち、立ち寄ったパン屋のカフェ。
それらしい色のビンテージポルシェが店の前にとまりました。
途方も無い維持費がかかっているはずですが、乗り続ける崇高な精神。
かってにビンテージ建築の話と同調させつつ、まだまだ火はきえていないよなと。

材料検査

木材の材料検査で台湾へ行ってきました。
原木はバンクーバー産なのに、カナダや日本で製材しないで、わざわざ台湾を経由するあたりがミソなのでしょう。
もともと台湾檜で有名な土地柄ですから、材木のあつかいはおてのものだし、
又、柾だ杢だという日本的な要求にも対応できるあたりが重宝されているようです。
特に今回は、節の無い材料を大量に使う仕事だったので、国内で調達するより断然おとくだったみたいです。

それにしても、イタリアの石を中国で加工するとか、鉄骨を韓国で製作するとか、開かれていく事は良いことなんだけれど、ちょっとだけ寂しさを感じてしまうのは、年のせいかしら?

台湾の人は働きものです。かって日本にもこんな風景があったよなと。
巨大な原木。節の無い材料がとれます。
ほんとに流しちゃいけないらしい。紙。

住宅設計雑感(02作文のすすめ)

家づくりの依頼をする時、思いのタケを作文にしたててみてはいかがでしょうか。

まとまった文章を書くのは結構骨の折れる作業ですが、だからこそ思いが伝わります。
生まれ育った家の記憶や、理想の家族像、その場所を選んだ訳、家とのつきあい等々。
一般的な箇条書きの要望書には、そもそも自分たちがわかっていない事は書けません。
その先は建築家に感じとって欲しい部分。
たとえ話やモヤモヤした抽象的な表現OK。
文面からにじむニュアンスやホンネ。
投げかけられた建築家は、何度も何度も慎重に読み返す事になるでしょう。
「夢」の実現に向かうコミュニケーションのバイブルとして。

ホームバー:ニュアンスを感じてつくりました。

住宅設計雑感(01地域の環境と住宅の緑化)

設計室のある加茂では、街のどこにいても周囲の山の緑が目に入る。
北越の小京都と呼ばれる所以である。
しかし、本家京都もそんな傾向があるように思うのだが、まちなかを積極的に緑化していこうというモチベは低い。
もともと自然豊かな土地柄で暮らしていると、建て込んだまちなかにわざわざ樹を植えなくても、身近な緑化として鉢植や坪庭などで間に合ってしまうのか。
一方、田んぼや古い屋敷跡などを開発したいわゆる分譲地では、そうは言っていられない。
もともとそこにあった自然を記憶として継承するような、ゆたかな街づくりを目指す積極的な努力が必要だ。
一区画40坪では2区画買わないと庭らしいスペースを確保するのは難しいが、まちなみ形成への参加意識や建て方の工夫ではんなりとした居心地の良い場所はいくらでも生みだせる。建築家や、家を造り売っている側の責任は重い。商売のネタとして、無垢材だ塗壁だとプライベートな部分での自然志向ばかりを煽っている場合ではないはずだ。
もっとインディビジュアル(※)な部分で自然やまちなみへの配慮を示したい。
個人の住宅だからこそ、如実に住み手や設計者の品格がにじみでるように思うのだが。

※:日本語では「個人的な」と訳されるが、建築の世界では「周辺環境に影響を与える個人所有物」に対する概念。例えば建物の外観や看板は個人のものである一方、景観形成という意味で社会的な責任も負っている。某漫画家の自邸が論争になった事もある。

ps. 7月末で一旦終わったエコポイント。再開のあかつきには、ぜひ「植樹」へのポイント付与を望み
  ます。

このくらいの関係でありたい。
悲しいけれど、かっての屋敷森の記憶は継承されないだろう。